人間の心理は時として非常に複雑です。
同じ事象に出くわした時でも、その時の状況、心理状態、居合わせた他人などによって全く違う行動をとることがあります。
今回取り上げるのは、傍観者効果。
今から約60年前、アメリカでとても悲しい事件が起きました。
人間にはこのような側面があるということを理解してもらえればと思います。
キティ・ジェノヴィーズ事件
1964年、ニューヨークである事件が起きました。
バーで働くキティ・ジェノヴィーズはいつも通り、深夜3時頃仕事を終えました。
自宅近くの駐車場に車を停め、車を降りて鍵をかけようとしたとき、男の人影に気付きます。
すると男は足早にキティに近づいてきました。
キティは慌てて逃げだしましたが、男に追いつかれ、ナイフで背中を刺されたのです。
住宅街に響き渡るキティの悲鳴。
すると、近くのアパートの窓に次々電気がつきました。
向かいのアパートの男性が窓を開け「女の子から離れろ!」と恫喝します。
すると男は慌てて逃げだしました。
その場で動けないキティをよそに、その男性も窓を閉め、あたりについていた窓の明かりも一斉に消えてしまったのです。
重傷を負いながらも、なんとかアパートに向かうキティ。
しかし、そこに同じ男がまた現れ、さらにキティをナイフで刺し続けたのです。
またキティが大声で叫びます。
再び明かりがともる近隣の窓。
すると、また男は現場から立ち去ります。
この時に通報しようとした人がいたのですが、その人の妻が「もう誰かが電話しているだろうから関わらない方がいい」と通報を止められています。
しかし、実際にその時に通報している人は、まだ誰もいませんでした。
キティはまだ生きており、アパートに向かいます。
ついにアパートの裏口にたどり着きますが、裏口は施錠されており、キティは力尽きて倒れてしまいます。
そして三度男が現れます。
男はキティを強姦し、財布から約50ドルを奪って逃走しました。
結果的にキティは17か所をナイフで刺され、救急車で運ばれる頃には、すでに事件開始から1時間がたっていました。
そして、搬送中の救急車の中で死亡したのです。
傍観者効果
長々とお話しした、キティ・ジェノヴィーズ事件。
この事件の特異性は、1時間にわたるこの犯行に気づいた人が近隣の38名にのぼったことです。
そしてこの38名は誰一人キティを助けようとせず、通報すらしなかったのです。
当時のマスコミは「都会の冷たさや他人への無関心が原因」と騒ぎ立てますが、心理学者のラタネとダーリーは別の見方をします。
「多くの人が気づいたからこそ、だれも行動を起こさなかった」
という仮説を立てたのです。
ラタネとダーリーは仮説の検証のためにある実験を行いました。
その名も「傍観者実験」
これは、討論の最中に1人が発作を起こした場合、被験者が助けを求める行動を起こすか、という実験です。
参加者は2名、3名、6名のグループに分かれます。
被験者は一人ずつ個室に通され、マイクとインターフォンでのみ討論し、他の被験者とは接触しません。
キティの事件の時のように目撃者が互いに行動しているかどうかわからないようにしたんですね。
結果、やはり2名のグループは発作を起こした相手と自分しかいないため、迅速に行動し助けを求めました。
しかし、6名のグループでは、他の参加者が行動していると思い込み、38%の人が何の援助行動も起こさなかったのです。
つまり、目撃者が少ないほど、短時間で援助行動を起こす確率が高い、ということがわかったのです。
援助行動に至るまでの意思決定
ラタネとダーリーは実験結果を踏まえ、人が援助行動に至る意思決定モデルを作りました。
第1段階 事態を認識
まぁこれはそうですよね。気づいてないとさすがに何もできないです。
第2段階 それが緊急事態であると認識
キティの事件でいえば、最初の目撃者でしょうか。
彼は「女の子から離れろ!」と言ったので、もしかしたら嫌がらせをされたか付きまとわれたぐらいに思ったのかもしれません。
こうして誰かが積極的に行動しないことが、さらに周りの人に事態が緊急性を要しないと考えさせたという可能性もあります。
第3段階 援助することが自分の責任であると認識
これはラタネとダーリーの実験でも顕著でした。
自分が行動しなくても誰かが行動するだろう、と考えれば、人は行動しないのです。
大事なのは「自分が通報しなければ!」と考えることなのです。
第4段階 援助の方法を認識
方法としては、警察への連絡や救急車の手配などがありますが、人は緊急事態に遭遇するとパニックになり、行動できないこともあります。
例えば、溺れている人を見つけても自分が泳げない、という場合も手段が限られてしまい、行動を起こすのが難しくなります。
第5段階 実際に行動を起こすか
最後は、実際に自分で行動を起こせるかどうかですね。
行動によって自分が巻き込まれてケガをしないか、騒ぎが大きくならないかなどの不安が、行動の妨げになることもあります。
その他、行動を起こした結果、逆に犯人を刺激して悪い結果にならないかなどを恐れるということもあります。
最後に
いかがでしたか?
キティの事件で最終的に通報したのは、裏口前でキティが倒れているのを見つけた同じアパートの住人でした。
そして、通報からパトカーが到着するまでの時間はわずか3分。
最初に通報されていればと本当に悔やまれます。
一応断っておきますが、この事件において一番悪いのは紛れもなく犯人であり、通報しなかった目撃者を責めることはできないと思います。
しかし、最悪の結果を防げたかもしれませんし、キティの遺族は傍観者たちを恨むかもしれません。
キティを殺害したモーズリーは、「たくさんの明かりがアパートについても、どうせすぐに窓を閉めて寝るだろうと思っていた」と供述しました。
モーズリーはそれまでに二人の女性を殺害しており、傍観者効果に気付いていたのかもしれません。
私たちの生活に当てはめてみても同じようなことがあると思います。
電車で体調の悪そう人がいる
道端でうずくまっている人がいる
声をかけたら迷惑そうにされるかもしれませんし、相手が女性ならセクハラと言われるかもしれない難しい世の中です。
そういうことに出会ったときに、自分なりに考えと覚悟をもって行動しなければならないと思いました。